恐らく人生,最初で最後の喪主(父の時は母が喪主)。
母は肝臓がんと戦っていました。
6月18日(木)
もともとかなり腹水がたまった状態だったのですが,腹部上部が苦しくて,
もはや深呼吸はできないといい,まずは,在宅診療を受けている先生へ
朝,電話をして,指示を受けたあと,結局,救急車を呼び,推薦書を書いてもらった
最寄りの病院へ。
一連の検査を受けて,入院をすることになりました。一度,自宅へ帰り,
洗面用具などを揃えて,また,病院へ。意識もしっかりしており,
母の話では1リットル腹水を抜いたとのこと。その後,担当医より,
腹水に血がかなり混じっており,状態が悪いことを告げられましたが,
3年前に余命1ヶ月と言われてから,途中転院しながら,1年2ヶ月の
病院生活から復活したことから,私もそして母もかなり楽観視しておりました。
夕方に自宅へ引き上げ,明日以降の見舞いのスケジュールをどのようにしようか
思案していたところ,午後10時半過ぎに携帯電話へ電話が入り,急変したとのこと。
約15分で駆けつけるもすでに母は逝っていました。結局,両親共に死に目には間に合わず。
妹・弟にまず,連絡をして,次はおじ・おばへ。すぐに,遺体を引き取って欲しいと病院側に
言われたので,職業別電話帳で母が入っていた互助会積立をしている最寄りの葬儀社に連絡をとり,
以後は,葬儀の準備へ。互助会の積立の基本的な考えには賛同できるものの,実際にはかなり
基本プランの中身がしょぼくて,えらい目に合うんですわ。完全な営業優先なんですわ。
6月19日(金)
母の遺体が自宅へ。最初の打ち合わせで,ほぼ日曜・月曜の組み合わせに決定。
午前中に妹が到着。
病院に死亡診断書を受け取りに行くも生年月日が誤記入。。。信じられません。
私は葬儀社の営業トークをかわすのが下手だから,気が進まないもののやらないわけには
いかないので,交渉の矢面に立つましたが,オプションをいくつか選ぶことになりました。
自宅へいらしゃってくださる方々の対応もあり,銀行へは行けず。
6月21日(土)
朝一番銀行へ行き,当座必要になるであろう金額を手元へ。
午後は自宅を訪れる方々の対応をしました。
6月22日(日) 通夜 6月23日(月) 葬儀
6月28日のTOEICを受験するかどうかは現時点ではわかりません。
にゃもし